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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)64号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実、審決の理由の要点のうち、1の本願発明の要旨の認定、2の引用例の記載の認定、3の本願発明と引用発明との対応関係及び相違点の認定、4の右相違点の判断中(一)、(三)の認定並びに請求の原因四のうち1の(一)及び(二)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 審決の本願発明と引用発明との相違点に対する判断の誤り(その一)について

(一) 前記当事者間に争いのない審決認定の引用例の記載事項(審決の理由の要点2)及び請求の原因四の1の(二)によれば、引用発明は、疎水化剤で処理された酸化カルシウムを用いて、酸化カルシウムが水と反応して水酸化カルシウムとなる前に酸化カルシウムに廃棄物質を吸収させることを構成要件とする発明であるところ、このような酸化カルシウムを疎水化剤で処理するのは、この処理を施さない普通の酸化カルシウムを用いたのでは酸化カルシウムが廃棄物質に含有される水と直ちに反応し、水酸化カルシウムとなつてしまい吸着能力を発揮しないという支障があるため、疎水化剤(界面活性を有し水との反応を遅延させる物質)の作用によつて、この水との反応を遅延させ、右反応の生ずる以前に廃棄物質を優先的に酸化カルシウムに吸収させておくためであることが認められる。

(二) 一方、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「驚くべきことに、本発明に必須の急速機械攪拌を行うならば、二段法を用いず水との反応も遅らせることなく、水存在下で分散すべき物質の予備的(「予備対」とあるのは誤記と認める。)分散を達成し得ることが知見された。」(一五頁五~八行)との記載があることが認められる。この記載と前記当事者間に争いのない本願発明の要旨及び請求原因四の1の(一)(二)の事実によれば、本願発明は、化学反応手段を用いて水溶液又は懸濁物又は油状溶液又は鉱油又はそれらの混合物(廃油等、なおこれが引用発明における「廃棄物質」に対応することは前叙のとおり当事者間に争いがない。)を固体水酸化物である水酸化カルシウム又は水酸化アルミニウム(引用例には水酸化カルシウムについて記載されているので、以下これについて述べることとする。)に吸収分散させるに当たり、従来は、引用発明について右に認定したとおり、酸化カルシウムを疎水化剤で処理し水との反応を故意に遅らせることによつて前記支障を排除するほかなかつたところ、本願発明にあつては、このような疎水化剤で処理した酸化カルシウムを使用しなくとも、酸化カルシウムが水と反応して水酸化カルシウムを形成するよりも大なる速度で機械的攪拌により急速に混合するとの手段を用いれば、右の予備的分散を良好に行うことができるという知見に基づいて、前記発明の要旨に記載された構成を採択したものであることが認められる。

(三) 右(一)、(二)に述べたところから明らかなとおり、引用発明においては、疎水化剤で処理した酸化カルシウムを使用し、その油状物質を優先的に吸収する性質を利用し予備分散を達成させているのに対し、本願発明では何らの処理を施さない普通の酸化カルシウムを使用し、所定の急速攪拌を行ない急速に混合することにより予備分散を達成するものである。従つて、両発明は予備分散達成手段についての技術的思想を全く異にしているものであるところ、成立に争いのない甲第三号証を検討しても引用例には本願発明における予備分散の手段を示唆するような記載は全く見出すことができない。

(四) この点について審決は、「酸化カルシウムとして特別の処理を施したものを使用すると処理を施した分だけ高価になるのは当然であるから、これを避けるために普通のものを使用したいと考えることは格別のことではない。」旨認定する。

右認定の前段部分は、一般論としてはそのとおりであつて正当である。しかし、引用発明は前記のとおり疎水化剤で処理しない普通の酸化カルシウムを用いたのでは、廃棄物質が酸化カルシウムに吸収される以前即ち予備分散される以前に、廃棄物質に含有される水が酸化カルシウムと反応してしまい、所期の目的を達成することができないために疎水化剤で処理した酸化カルシウムを使用しているのであり、このことは引用例にあつては、普通の酸化カルシウムの使用は否定されていることに外ならないのである。そうすると、このような点を考慮に容れないで、ただ単に酸化カルシウムに特別の処理を施したものを使用すると処理を施した分だけ高価になるとの一般論のみによつて、前記後段のように認定することは誤つているといわなければならない。

(五) 被告は、引用例には酸化カルシウムが水和して水酸化カルシウムになる際に廃棄物質を吸着する記載があり、引用発明はこの特性を利用して廃棄物質を水酸化カルシウム中に分散させているものである点で本願発明と同様であるから、この特性を利用するに当たり酸化カルシウムに未処理のものを用いることは当業者が容易に着想できる程度のことである旨主張する。

しかし、既に述べたとおり引用例には未処理の酸化カルシウムを使用したのではこれに記載された発明(引用発明)の所期の目的を達成することができないことが開示されているのであり、一方本願発明においては未処理の酸化カルシウムを用いるがその場合には機械的攪拌による急速な混合という手段を採用しているものであるところ、右被告の主張はこのような点を考慮しない主張であつて失当という外はない。

(六) 次に被告は、引用発明も未処理の酸化カルシウムを出発原料としてこれを疎水化剤で処理し、廃油等が酸化カルシウム中に予め分散するように混合を行う本願発明と同一の目的を達成するものであるから引用例には未処理の酸化カルシウムを用いることが示唆されている旨主張する。

しかし、既にくり返し述べたとおり、引用例には未処理の酸化カルシウムを用いたのでは、引用発明の目的が達成されない旨記載されているのである。そうしてみると、引用発明が酸化カルシウムを出発原料とすることや、発明の目的が本願発明のそれと同一であるからといつて、このようなことから引用例に未処理の酸化カルシウムを使用することが示唆されているとは到底いえない。従つて、被告の右主張も失当であつて採用できない。

2 審決の本願発明と引用発明との相違点に対する判断の誤り(その二)について

(一) 前記1の(一)ないし(三)によつて明らかなとおり、引用例に開示されたところは、廃棄物質を酸化カルシウムに吸収させるに当たり、普通の酸化カルシウムを用いたのでは、廃棄物質が酸化カルシウムに予備分散される以前に、酸化カルシウムが廃棄物質に含有される水と反応してしまい不都合を生ずるというのである。そして、前掲甲第三号証を検討しても、引用例にはこの酸化カルシウムと水との反応及び廃棄物質の酸化カルシウムへの吸収(予備分散)の相対的な順位が酸化カルシウムと廃棄物質との機械的混合を急速に行うか否かによつて左右されることを示唆するような記載は全くない。また、右混合を急速に行えば前記反応前に予備分散が可能であることが技術上容易に予測できると認められる証拠はない。むしろ、通常は攪拌や混合をよくすることにより化学反応が促進されることが技術常識であることからすれば、当業者は混合を急速に行うことにより酸化カルシウムと水との反応も促進され、右反応及び吸収(予備分散)の相対的順位は変らないものとみるのが自然である(このことは前認定の本願明細書一五頁五~八行の記載からもうかがえる。)。

そうすると、審決が本願発明と引用発明との相違点の判断に当たり、普通の酸化カルシウムを使用する場合は、これと廃棄物質との混合処理を素早くしないと混合が充分行われない内に酸化カルシウムが水酸化カルシウムに転化してしまい、廃棄物質を水酸化カルシウム中に分散させることが充分でなくなることが自明であるとした点は是認することができず、他に、右の点が自明であると認めるに足りる証拠はない。

よつて、審決の前記認定も誤つているといわなければならない。

(二) 被告は、審決が引用する引用例の記載を根拠に引用発明においても廃棄物質を酸化カルシウム中に分散させるに当つてミキサー又はニーダーを用いる機械的混合が行われている点で機械的混合を行う本願発明と差異がなく、また、機械的混合の目的も同じであるとして引用発明の右手段を本願発明に応用することは当業者が容易になしえることである旨主張する。

前掲甲第三号証によると、審決の引用する部分として引用例には、「疎水化剤および場合によつては他の助剤で前処理された酸化石灰は、それが系内において存在するかまたは添加された水によつて有機物を吸着的に結合しながらアルカリ土水酸化物に変換される前に、廃棄物質を吸収するから、前処理された生石灰を廃棄物質によく混合することで十分である。液体の場合には前処理された生石灰を入れてかきまぜるかまたは片状の生石灰をそれで含浸させることで十分である。廃棄物質が更に固形物を含有するときは、前処理された酸化石灰が系内によく分散されるよう適当なミキサーまたはニーダーで処理してもよい。」(五頁左上欄一〇行~右上欄一行)と記載されていることが認められるが、右記載は要するに廃棄物質が液体の場合には単にかきまぜるか含浸させるかで十分であり、固形物を含有する場合にはよく分散させるようミキサーやニーダーを用いるとしているに過ぎないのである。そうすると、引用例の右記載から本願発明における疎水化処理をしない酸化カルシウムを用いても予備分散を良好に行うことができるような急速な混合の技術が示唆されているものとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告の前記主張はその前提において誤つているものであり、採用することができない。

3 以上のとおりであつて、審決の本願発明と引用発明との相違点に対する認定には誤りがあり、右誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、その余の点について検討するまでもなく、審決は取消を免れない。

三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容する。

〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。

水溶液又は懸濁物又は油状溶液又は鉱油又はそれらの混合物を、水と自然に反応して固体水酸化物を形成する化合物の酸化カルシウム又はアルミニウムアルコレート及び該水溶液又は懸濁物又は油状溶液又は鉱油又はそれらの混合物の水含量が不十分の場合は追加の水又は水性材料と同時に混合することからなり、混合を機械的に行ない且つ該水溶液又は懸濁物又は油状溶液又は鉱油又はそれらの混合物が該酸化カルシウム又はアルミニウムアルコレート中に予かじめ分散するように水酸化物形成より大なる速度で混合を行ない、その後該酸化カルシウム又はアルミニウムアルコレートが水と反応して水酸化物を形成する過程で更に分散が進み、水酸化物の形状は細かく分散された混合物であつてその中で該水溶液又は懸濁物又は油状溶液又は鉱油又はそれらの混合物の諸成分が均質に分散されていることを特徴とする、水溶液又は懸濁物又は油状溶液又は鉱油又はそれらの混合物の成分を固体水酸化物内に分散させる方法。

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